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レジェンド・福田弥絵子の物語

2017年4月から2年間、ピュアカナダの現地スタッフとして大活躍してくれたYaeko。そんな彼女の人生と留学とのかかわりをご紹介致します。

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福田弥絵子の物語

ピュアカナダ・バンクーバーオフィスで、皆さんのカナダ滞在中のお世話をさせて頂いております、福田弥絵子(フクダヤエコ)です。
皆さんが安心してカナダで生活できるようにサポートさせて頂きますので、何かあればお気軽に連絡してくださいね。

2007年よりカナダ在住の私が英語に興味を持ち、カナダに滞在することになったいきさつを少しご紹介したいと思います。

私の留学経験

まず、私の留学経験は以下の通りです。
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1997年4月 大学を休学をして、カナダ・ビクトリアに1年間語学留学
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1999年3月 日本帰国後、1年後に再留学。
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1999年7月 オーストラリア・パースへ3ヵ月の語学留学の後、カナダ・バンクーバーへ移動。
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2000年6月 専門学校でTourism(旅行業)を勉強し、プラクティカム(仕事経験)を経て、Diploma取得。
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日本帰国後、6年間日本で就職
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2007年4月 ワーキングホリデーでカナダ・バンクーバーに戻り、カナダで就職。
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2010年8月 ワークビザを経て、移民取得
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英語・留学への興味

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初めて英語に触れたのは小学校6年生の時。
中学校から勉強する英語に少しでも早く触れておこうと、塾のようなところに通い始めました。
そして、中学から英語の勉強が始まり、どんどん英語が好きになりました。
漠然と、英語が話せるようになったらいいなぁと思い始めたのもこの頃です。
そして中学から、周りの友達が塾に行き始める中、私は英会話教室へ行き始めました。
思えば中学生の時に初めて親に留学したいと言ったのを覚えています。
でも当時はインターネットもない時代。留学をする方法が全く分からず、話だけで終わりました。

最初の留学

高校に入り、学校主催の2週間の英語研修があり、高1の冬、初めての短期留学でニュージーランドへ! 海外は初めてではありませんでしたが、少しでも海外生活を体験をし、とても貴重な経験ができました。
英語は全然会話が成り立たず、笑顔でごまかすしかなかった感じで、全然ダメでしたが、楽しかったです。これを機に、一気に長期留学が必要だ!と思いました。

長期留学へ

大学に入って、英語関連の学部には入学しましたが、もう長期留学しか頭にない・苦笑。いつにするか、いくらかかるのか、どこに行くべきか・・・を色々調べる毎日でした。

とうとう「その話」をしてきたか!!

この頃、再度英会話教室に行き始めます。
英会話教室に留学相談できる部署があると知り、早速相談開始します。
自分の希望を言いながら、勧められるがままに候補に挙がったのが、カナダ・ビクトリア。資料を見る限り、良さそうなところで英語が勉強できそうだな、という勘のようなものが働きました。
時期も、大学2年が終わってから、休学して、1年間行くと決め、母にも相談。
母は、とうとうその話をしてきたか、というリアクションで承諾してくれました。

出発日はあっという間にやってくる

留学への出発日はあっという間に来て、カナダ・ビクトリアがどこにあるかも正確に分からないくらいで飛び立ちます。英会話教室の中の留学エージェントに手続きはお願いしましたが、学校の手続き、ホームステイ、航空券のみ。
現地サポートはありませんでした。

留学最初の試練

乗継便に乗れず・・・どうしよう・・・

到着早々、流れに沿って、学生ビザを取得するためのImmigration(移民局)に並ぶも長蛇の列。
私は、バンクーバーからビクトリア行きの飛行機に乗り継ぐ必要があったのですが、列は一向に進まないのに、次の飛行機時間が迫る・・・でも列から離れることができない・・・荷物も受け取ってない・・・・どうすればいいんだ~と焦りまくり。 初めての一人海外で、乗り継ぎも初めて。
3時間半待って、ようやく学生ビザを取得した時は、すでに乗り継ぎの飛行機も飛び立った後。
ホストファミリーもビクトリアの空港出迎えに来ているはずなのに・・・。
途方に暮れてしまいましたが、同じビクトリアに行く日本人の人が見つかり、その人がしっかりした人で、飛行機の変更をしてくれて、無事に到着したのでした。

留学生活

留学の1年間はあっという間で、小さな、のんびりした街ではありますが、毎日がめまぐるしく過ぎていきました。
ビクトリアは人々がみんな親切で、私が通ったビクトリア大学は緑が多く、正規大学生と同じように扱ってもらえるため、カナダで大学生になった気分も味わえ、日本で経験できないことがたくさんできました。
特にホストファミリーと過ごした1年は、カナダの生活を体験でき、家族の一員となれたこと、勉強で学ぶ以外の英語を学べたこと、本当に感謝しています。

日本帰国し、再留学へ

日本帰国後、視野が広がり、将来何をしたいのかが見えてきて、海外で生活したい夢が強くなりました。 大学には復学しましたが、もう次の夢に向かって進む自分がいます。
親と何度も話し合いをし、自分の気持ちを伝え納得してもらい、再度勉強のため、オーストラリアへ行くことに決めました。

オーストラリアへ再留学

今回の留学の目的は、旅行関係の仕事に就きたいという目標を持って、Tourismを勉強することでした。
今回はオーストラリア・パースへ。1年のブランクがあったため、とりあえず3ヵ月語学学校へ行きました。 何より衝撃を受けたのが、オーストラリア英語とカナダ英語の違い。
現地の人、先生が言っていることが、聞き取れない・・・かなりの衝撃でした。
でも、美しい街、気候で楽しく過ごしていました。3ヵ月後の旅行専門学校を現地で決めることにした私は、到着早々、情報収集をします。
しかし、中々思うようにいかず、また英語の違いに戸惑いを隠せないまま、改めてカナダでの生活が好きだ!と再認識した私は、カナダへの移動を決断! カナダの旅行専門学校を探し始め、決定しました。

昔から、こうと決めるまでは結構悩みますが、一度決めたら迷いなく突っ走るタイプ(最初の留学もそう)。
2か月ほどで、オーストラリアにいながら、カナダの学校を決め、支払いをし、学生ビザの申請、片道航空券を予約しました。

バンクーバーで旅行専門学校へ

パースから20時間かけてバンクーバーへ。
専門学校での勉強は、英語が理解できているのは当たり前、カナダ人と留学生が混在した中での勉強はついていくのに必死でしたが、私がずっと学びたかった分野で、毎日大変ながらも充実した毎日でした。
卒業に必要なプラクティカム(就業体験)で初めてのカナダの会社で働くことができたのも、貴重な経験でした。

日本で就職後、小谷との出会い。

私がカナダにいた当時は、滞在するためのビザの種類が限定的で、どんなに住みたいと思っても、働くことができるビザを取得することが困難でした。
泣く泣く日本へ帰国した私は、日本の旅行会社で働き始めます。
カナダとの関わりは持っておきたいと思いながら仕事を続けていたところ、旅行業界関係者のスキルアップを目的にした、カナダ観光局主催の”カナダスペシャリスト“という資格が取れることを知ります。
カナダでの生活経験があるにもかかわらず、このスペシャリストを取得するための試験が非常に難しく、久しぶりに勉強しました。その甲斐あって無事合格。
そして、スペシャリストは毎年のカナダ研修に参加できることになります。
そのカナダ研修の中で出会ったのが、小谷順士です。
彼のページでにもありますが、彼もカナダスペシャリストの一人。
それ以来、カナダスペシャリスト繋がりで、連絡を取り合うようになり、カナダについての情報交換をするようになります。

ワーキングホリデーでカナダへ

日本で就職して6年が経ち、30歳。 ワーホリビザのラストチャンスの歳になります。
すでに日本での生活も安定して来たところですが、心の片隅にカナダで生活したい!もう一度暮らしたい!という夢が諦められずにいました。
30歳を迎える前から1年くらい悩み続けましたが、チャンスは活かさない手はない、と決意、
ワーホリビザを取得して、3回目のカナダへ。
ここでも、一度決めたら突っ走る性格・・・・発揮しています・笑。
これまでのTourismの勉強、日本での職歴も考慮し、渡航後はすぐに旅行関係のお仕事に就くことができました。 最後のカナダ生活、しかも働きながら暮らすことができるので、学生の時とは違う、本当にじっくりカナダで生活する事を経験します。
やはり学生の時とは違い、仕事をしながら、色々な自分の生活基盤を整えるながらの生活は結構大変で、ワーホリとはいえ、がむしゃらに働いて生活していた気がします。
あっという間にワーホリ1年が終わろうとする頃、運良く、私の仕事が認められ、会社からワークビザを出して頂く事となり、そのままカナダに居続けることができるようになりました。
そして、移民申請をし、移民ビザを取得します。

ピュアカナダへ

私がカナダに渡航後も、小谷とは連絡を取り合い、年1回のカナダ出張時にはお互いの近況報告をしていました。
ピュアカナダのカナダ留学をお手伝いするという仕事、小谷の仕事に対する熱い思いを聞いていた私は、自分の留学時代を思い出し、ピュアカナダのようなエージェントにお願いしていたら、ずいぶんと助けられたことがあっただろうなぁ、また違った留学になったかもなぁと、いつも思っていました。
そして2017年初め、ピュアカナダで一緒に働かないか、とお誘いを受けました。
留学業界の経験はない私ではありましたが、、私の留学経験を通じて皆さんをサポートすることができるのではないか、私と同じようにカナダですばらしい経験をしてほしい、カナダが好きになってほしいという思いから、お仕事を引き受けることにしました。

現地での応援サポーター

今から留学する皆さんが経験するであろう不安、緊張、葛藤、悩みなどは、私も同じように経験してきました。 ただ、カナダ留学をきっかけに私の人生は大きく変わり、大きく成長することができました。
まだまだ未熟な私ではありますが、少しでも皆さんの不安を取り除き、楽しく、快適な留学生活が送れるよう、現地での応援サポーターになれればと思います。

ピュアカナダへのお問合せ

ピュアカナダへのお問合せ

今から留学する皆さんが経験するであろう不安、緊張、葛藤、悩みなどは、私も同じように経験してきました。 ただ、カナダ留学をきっかけに私の人生は大きく変わり、大きく成長することができました。
まだまだ未熟な私ではありますが、少しでも皆さんの不安を取り除き、楽しく、快適な留学生活が送れるよう、現地での応援サポーターになれればと思います。

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